20世紀的脱Hi-Fi音響論(シーズンオフ・トレーニング)


 我がオーディオ装置はオーデイオ・マニアが自慢する優秀録音のためではありません(別に悪い録音のマニアではないが。。。)。オーディオ自体その時代の記憶を再生するための装置ということが言えます。「貧しい音」は、ジェンセンの安物スピーカーで巨大なモノラル・ラジカセ風サウンドを構築し、貧しさに負けない音楽愛好ぶりをモニターします。
貧しい音
【金も暇もない】
【CDコンピの賑わい】
【ジェンセン爺の流儀】
冒険は続く
自由気ままな独身時代
結婚後のオーディオ
掲示板
。。。の前に断って置きたいのは
1)自称「音源マニア」である(ソース保有数はモノラル:ステレオ=1:1です)
2)業務用機材に目がない(自主録音も多少やらかします)
3)メインのスピーカーはシングルコーンが基本で4台を使い分けてます
4)映画、アニメも大好きである(70年代のテレビまんがに闘志を燃やしてます)
という特異な面を持ってますので、その辺は割り引いて閲覧してください。


貧しい音

【金も暇もない】

 オーディオ批評家 菅野氏が、価格の割に優秀なオーディオ機器に、「プアマンズ~」という前置詞を用いて呼ぶことがあった。プアマンズが直訳すると貧乏人なので、当のユーザーからは苦情の手紙が沢山届いたというが、実際お金さえあれば高級機器が欲しいのが山々だというのが見え透いている。そのうえでユーザーの心情を察してほしい。オーディオの王道は金次第というのが実情である。
 一方で、ビギナーに人気があった長岡氏は、コストパフォーマンスという言葉を多用し、オーディオに掛ける費用対効果の問題を正面から扱った。自作スピーカーの多くは、アマチュアの労働力はタダ、という基本理念があってのことだ。

 では私はどうかというと、金も暇もない、ないない尽くしなので、手間も暇も掛けないで、色んな音楽を楽しみたい。そういう手合いには、本来オーディオは向かない。これだけだと貧しさにも世間にも負けた「オーディオ昭和枯れすすき」となりかねない。無いなら無いで、さっさと諦めてしまえば良いのに、未練がましくも、日ごとに積み重なるCDの山に埋もれながら、その有効活用に日々修練を積んでいるわけだ。とはいえ、好きこそ物の何とかなれ、という諺とおり、「この世に悪い音などない、あるのは悪い再生方法だけ」という悟りを開きつつある。貧しくても十分に音楽と幸せな関係を築ける、そういう自信が生まれてきた。



 最低限必要なCDプレーヤーとプリメインアンプを除いた、主要パーツの価格は以下のとおり。
YAMAHA MG10XU \22,680 (税込)
BEHRINGER CX2310 Super-X Pro \10,454 (税込)
サンスイトランス ST-17A ¥690 (税込)
JENSEN C12R-8 \6,026 (税込)
Fountek NeoCD2.0 \17,985 (税込)


 マルチアンプ、モノラル試聴を基軸に、あれこれ吟味して集めた機材なので、性能のほうは保証する。



【CDコンピの賑わい】

 21世紀に入り、ハイファイ初期の古い録音の著作権が切れ、大量の楽曲を詰めたコンピレーションアルバムとして出回るようになった。紙パックに詰めたインスタント食品のような出で立ちは、これがかつての名曲たちか。。。と思うことこの上ない。しかし、その情報提供元は、どうも筋金入りのコレクターらしく、本家のレコード会社さえ所有してないレアアイテムの数々で埋め尽くされている。できれば、売れた分はちゃんとした文化財団などに寄付してもらいたいと思うのだが、自分が何もしてないので全く説得力がない。とはいえ、この時代の録音を活き活きと再生する方法を知らなければ、その貴重な価値すらも「ただの安物」と軽蔑の目を増すばかりになる。ここでは、歴史的な録音をちゃんと実在感をもって再生するためのマナーについて考えてみたい。

 以下に挙げたのは、これまでジャンル別のディスコグラフィでも部分的にしか知られていなかった、SP盤やドーナッツ盤のコレクターの汗の結晶である。その希少性は、いわばレイス(人種)・レコードとして差別の強かった時代の記録であり、他では聞けないために生まれも素地も判らない無名のミュージシャンで埋められながら、ブルース、ロカビリー、レゲエなどのジャンル形成に挑んだオリジナリティ溢れる生きた音楽の記録でもある。CD復刻盤の音は、もちろんオリジナル盤の鮮度にはかなわないが、1枚数万円もするであろう文化財級のレコードと比べるのは間違っている。

アリストクラット・ブルース メンフィス・レコーディングス ブルービート スカの誕生

 実際にこれらの録音をオーディオ的に評価するのは愚の骨頂である。録音に使われた機材は中古のお下がり、機器のメンテナンスも自分流儀でこなさなければ録音エンジニアが成り立たない。大手レコード会社の隙間を縫って、自分たちの音楽を世に問うことがやっとだった。それでも、暗雲立ち込める絶望よりも、雲ひとつない澄み渡った夜空のように、夢だけは無数にあったように感じる。

 このような夢の在り方を詩に書いたような概念としてではなく、今もマイクに向かって演奏しているような実在感をもって再生するのが、愚の骨頂とは知りながら、私のオーディオの目的だと自任している。これに続く、アトランティック、チェス、モータウン、はたまたブリティッシュ・ロックなど、きら星の名曲を味わうためにも、こうした録音集との付き合い方を模索するのは有意義であると感じる。


【ラジオデイズの賑わい】
 1950年代のレイス・レコードに付き纏う貧しい音というメージを払拭するために、その楽しみ方の原点に返ることは重要である。それは、その時代の娯楽の在り方を追体験することを意味している。
 
例えば、アリストクラットやサン・レコードの初盤はSP盤であり、エルヴィスのデビューシングルもSP盤、戦前からあるPresto社のアセテート盤にひとまず収録というのが通常だった。アメリカでのFMラジオ開局1941年に発売された6N型ディスクレコーダーは1950年代まで製造され、NBCをはじめとする大手放送局も、収録番組を地方局に配信する際に、アセテート盤は必需品であった。ラジオというとローファイ音の代名詞のように言われるが、当時のAMラジオは今のように4kHzからカットなどせず、8~16kHzの広い音声周波数を確保できた。このため、生中継の音楽番組ともなればFM放送に匹敵する高音質で聴けたのだ。メンフィスでラジオDJをしていたサム・フィリップスは、自分の番組で紹介する音楽として、自宅のレコーディング・サービスで発掘した新人を録音したことから、レコード会社の設立にいたった経緯がある。
 
サン・スタジオでのサム・フィリップス(左手にPresto社のアセテート録音機)

 Presto社の録音機では、33回転での内周差に伴う高域低下を補うため"Automatic Diameter Equalizer"を使用していた(4, 6, 8, 10kHzでターンオーバーを調節可能)。これにより長時間録音を可能とし、ラジオ番組の収録に大きなアドバンテージとして機能した。


 Presto社のディスクレコーダーがマーケティングに長けていたのは以下の理由による。

  • 通常の金属マスター原盤$100~150に対し、アセテート盤は$1.25~2.00でとても安価。(今のオンデマンド印刷の仕組みと似ている)
  • 当時の33 1/3回転は長時間というメリットよりエコノミーという宣伝で出発していた。(ビデオデッキ初期の長時間録画と似ている)
  • ダイレクトカット盤を使用するため通常の電蓄よりも高音質であった。アマチュアが手の届く製品のうち、実効周波数50Hz~8kHz、S/N比50dBを録音から再生まで保証した音響製品は、1940年代当時は非常に少なかった。
  • 収録音源のダビングが簡単に造れたおかげで地方局に同じ品質の音楽番組が提供できた。(それ以前は中継回線による音質劣化が激しかったと考えられる)


 こうしたアセテート盤の規格は、1940年代に始まったFM放送のために準備されたもので、オルソン博士のリボンマイクもこの時期に開発されている。RCA MI-4400Bモニターシステムもこの時期のもので、複雑なラビリンスホーン、2重ボイスコイルによる共振打ち消しなど、色々な技術が盛り込まれた。


NBCラジオで使用されたRCA MI-4400Bとアセテート盤のダビングルーム

 一方で、トーキー分野でメンテナンス業を生業としていたアルテック・ランシング社も、この時期が放送業界に食い込む好機と捉え、604B同軸2wayを筆頭に売り込みをかけていた。実は旧ランシング社のアイコニック・システムは、放送技術の研究用に放送局や大学に納品されており、コネそのものはあった。アルテック・ランシング社がRCA製のフルレンジに対抗した400Bフルレンジを開発したのは、むしろ地方局における音声チェック用に多く売れる可能性の高いものだった。

Altec 400Bフルレンジ

 戦後にはWE社も755Aフルレンジなどの名作ユニットを残しており、最終的には1970年代の755Eパンケーキまで製造し続けられた。こちらは、内周にエッジを設けることにより、メカニカル2wayとして10kHzまで周波数を伸ばしていて、現在のハイファイ規格でも十分通用する。実は755Aの発売は、LP規格発表の1947年。おそらくこのタイミングで起死回生を図ったのであろうが、有象無象のHi-Fi機器に埋もれて叶わなかった。


WE 755Aフルレンジ

 実際にはこれより10年間はローファイ規格は健全であり、JBL D130のほうがずっと個体数も多い。+ツイーターでグレードアップという作戦が巧く機能したのだ。しかし、Hi-Fi再生について最先端を走り続けたランシング氏は、D130シリーズを最後に自己破産の危機と共に、自身の将来を危うんでしまったと思われる。ハーツフィールド、パラゴンという名作は、JBLという位牌(ブランド)を次世代に引き継いだエンジニアたちによって生み出された。しかし、D130に込められた家庭用ローファイ規格でも優れた音質というスピリットは、現在でも十分に通用すると思うのだ。そして昔にあって現在にない、音楽のソウル(魂)の再現は、ここにヒントが埋もれている。

1950年代のJBL D130の特性(4~10kHzでロールオフ)


【ジュークボックスの賑わい】
 同じく安くレコードを楽しむ方法としてジュークボックスがあった。25セントのコインで好きな楽曲を聞けるというもので、安酒場には必ずあったアイテムである。と同時に、ロカビリー世代のアイコンともなっている。
 ジュークボックスの造りはレコードチェンジャーのほうが目立つため、オーディオの構成のほうにあまり関心が向かないが、意外にも当時の家庭にあった電蓄と大きな違いがない。45rpmのドーナッツ盤に代わっても、タフなセラミックカートリッジ、Jensen製のエクステンデッドレンジ2本とホーンツイーターを、6L6真空管のプッシュプルで鳴らすというものだった。同じ時代の高級ハイファイ・システムと比べれば、交換部品のランニングコストを重視した設計だったことが判る。Jensen C12Rは現在はギターアンプ用として製造されているが、1950年代にRock-ola社をはじめとしたジュークボックスに実際に使われていたユニットで、当時の公告にも「テレビやラジオ、レコード再生機に適してる」と書かれていた。こうした情報はドイツのジュークボックス愛好者のサイトから学んだ。

 
Rock-ola社のジュークボックス Tempo II
(1960年、P12RXを2個にRP-103ホーンツイーター)

 私のシステムは、もともと1960年代ロックに対するトラウマを解消しようと始めたシステム構築だったが、そのビンテージ観の中核はシカゴ・ブルースやロカビリーの再生にあるようだ。Jensenとの出会いはハイファイの創生期に感じたであろう、溌剌としたキャッチーな魅力にあふれている。

【スカの流行とモッズたちの賑わい】
 ジャマイカでのスカの楽しみ方は、サウンド・システムと称する、車に詰めたオーディオ屋台だ。その周辺に住人が集まってダンス・パーティがはじまる。

Coxsone Doddのサウンド・システム

 ジャマイカのサウンド・システムは、圧倒的に低音寄りで、初期の頃からJensenのインペリアル型の大型バックロードホーンが使用されていた。そのココロは、音楽を鑑賞するためでなく、ただ踊るためだけのものだったからである。アメリカでのステージPAは、当初トーキーで使われたアルテックなどの機材がそのまま使われたが、そのうちJBLのユニットを山のように積んだものに変化したのは、あるいはジャマイカのサウンド・システムの影響があったかもしれない。

 もう一方で、スカを好んだ英国のモッズたちは、卓上プレーヤーで試聴していた。これは英国の若者にとって標準的なオーディオ機器で、英国ではラジオ局がレコードを流さないという紳士協定があり、そのうえラジオでの軽音楽番組はAMでしか聞けなかった。このため、ビートルズ世代、その後のハードロック世代も、長らくモノラルEP盤を卓上プレーヤーで聴いていた。ピーター・バラカン氏も思い出として、グレートフル・デッドのLPをモノラル卓上プレーヤーで聴いたと言ってるし、隣のイカしたモッズ風のお姉さんがスカのレコードを集めていたことも回顧している。
 
スカのレコードに付属してたステップ指南、Dnasette社レコードプレーヤーの公告

 卓上プレイヤーの多くは、BSR社のターンテーブル、セラミック・カートリッジ、ECL82のシングルアンプ、8x5インチの楕円フルレンジユニットの構成で、張り出している箱の部分からすると、卓上ラジオとターンテーブルが一体化したような構造だった。
 セラミック・カートリッジは、78回転盤と33/45回転盤の両用で、ノブを回転させると切り替えられるタイプが長い間使われた。セラミック・カートリッジは、自身がイコライザーと同じような特性をもっており、イコライザー・アンプを必要としないため、廉価で済ませることができた。公称の周波数特性は30~15,000Hzだが、実際は8kHz前後で急激に減衰する。78回転盤の時代と違いはそれほど大きくないというのが実情で、ステレオ時代のカートリッジは、クロストークは20dB程度、6kHzより上はほとんど分離しないというもの。これがピンポンステレオを再生していた初期ステレオ録音の限界だった。

ソノトーン社 9Tステレオ・カートリッジの特性

 アンプはECL82もしくはECC85+EL84のシングルで、1.5Wのとても簡素なアンプ。これで8x5インチの楕円フルレンジを鳴らした。楕円ユニットは当時のラジオにもよく使われていたもので、EMIの高級ユニットでも、6kHzから減衰して8kHzまでというもの。一方で、2~4kHzにピークがあり、これが音の明瞭度を上げていた。


Dansette社のポータブル・プレイヤーのアンプとスピーカー


EMI 92390型ワイドレンジユニット

 
このようなチープな卓上プレーヤーで聴いていたにも関わらず、英国から良質な音楽が次々と生まれたのは、もっと見直されてよいと思う。




【ジェンセン爺の流儀】


【ローファイを解く鍵】
 これらから判ることは、いずれも戦中に培われた100~8,000HzというAM放送と電蓄での再生という枠組がそのまま流用されていたことである。一方で、AMラジオは現在のように混信を避けるために4kHzからフィルターを掛けるなんてことなどなく、電波状況さえ良ければ16kHz、32kHzのフィルター(音声はその半分の帯域)も装備しており、生中継の音楽番組がハイファイ規格で楽しめるという一面もあった。しかし、大多数の人は8kHzまでのローファイ規格で音楽を満喫していたのだ。捉え方によっては、1960年代の9割のアメリカ人はモノラルで音楽を聴いていたと、モータウンの重鎮エンジニアが証言するほどである。このパラレルワールドを説明できるオーディオ論は、まだそれほど多くない。
 では、当時の人たちが体験したローファイ機器の本来の味わいを、今の時代のデジタルデータからどのようにアプローチすれば良いだろうか? これを解く鍵はいくつかある。

  1. デジタルデータに起因するパルスノイズを除去すること。
  2. 同じ100~8,000Hzでも広い指向性をもつこと。
  3. 出音の位相が全帯域で揃っていること。
  4. レコード特有のワウ感や倍音成分を足すこと。
  5. モノラルを実物大で聴くこと。

 以下に、私なりの解決策について書いてみたい。

【パルスノイズの除去】
 デジタルデータに起因するパルスノイズを除去することについては、アセテート盤の録音を荒いザラザラした感じに受け取る人が多いが、多くはデジタル化に伴うパルスノイズでスクラッチ音が強調されることから起こる。楽音とは無関係に気配だけを出すため、なかなか音楽に集中することができなくなる。昔はこの対処のためにイコライザーで高域をカットすることがよく行われてきたが、ビンテージのライントランスのほうが有効だ。ところがこのビンテージ品も、最近は完全に希少価値が出てきて、20年前にゴミ同然で売られていたUTC製のトランスなどは価格が4倍以上に膨れている。そこで見つけたのが昭和30年代から製造しているサンスイトランス。トランジスターラジオに組み込むための安くて小さなトランスである。私が選んだのはST-17Aというナローレンジのもので、高域と低域が-2dBと僅かに減少する程度だが、減少した領域は位相も遅れていくため、ボーカル域(200~4,000Hz)を中心に周辺が自然にボケていく感じがする。さらに下がった分は元の録音ソースから発生させた高次倍音で補ってくれるので、全体に木の肌合いに似たキャラメル色の甘い音に仕上がる。

サンスイトランス ST-17Aと特性


【高域の指向性の確保】
 モノラル再生で肝心なのが、中高域のサービスエリアの確保で、これだけでも音の広がり感、恰幅の良さなどが加わる。現在の多くのステレオ用スピーカーは、左右の定位感を引き立てるために、ツイーターの指向性を狭めてチャンネルセパレーションを保持するように設計してある。これでモノラル試聴すると中央定位での周波数が5kHz以上から減衰するため、カマボコ型に聞こえてしまうのである。むしろステレオ録音には、高域を認識させるためのパルス性の信号が過度に振り撒かれているといえる。そのようなテクニックを使わないモノラル録音は、高域が足らないと思われるのである。
 モノラル時代の古いホーンスピーカーには120°の指向性を確保したものも多く、私の使用しているリボンツイーターもPA用なので指向性が広い。最終的には、45度それた箇所からフラットに聞こえるように調整してあるが、イコライザー、トランス、チャンデバを経由して自分の聴感で決めたものなので、基本的に好みの問題である。


Jensen C12R+Fountek NeoCD2.0(斜め45度試聴位置)

【出音の位相が揃う】
 タイムコヒレンス(時間的整合性)は出音の瞬時の応答の位相の整合性で、多くのマルチウェイ・スピーカーは、ネットワークの関係で位相がねじれていく。一般には、ツイーターが先行して強く反応し、ウーハーの筐体音が一番遅れる。これが高音と低音のタイミングとキャラクターを分断してゆく。
 タイムコヒレンスが優れたスピーカーは、音の食い付きがよくダイナミックでありながら、些細な息遣いが明瞭になる。ドラムのドカッと叩く音は実に生々しいし、その反面ボーカルのハッと驚く瞬間、ため息交じり声、失笑したときの息もれ、こうした些細な表情が手に取るように判る。これが高音を強調したささやき声ではなく、胴体をもった肉体全体からあふれ出てくるように表現される。
 Jensen C12Rをベースにした私のシステムは、インパルス、ステップの各応答が非常にシャープで、時間的整合性(タイムコヒレンス)という点ではトップクラスだ。最初の頂点の小さな2山がリボンツイーターとJensenの反応の差で、Jensenはリボンツイーターと同じくらいインパルス応答が鋭いユニットなのだ。ウーハーを後面解放箱に納めることで低音のリバウンドが少ないこと、チャンデバを使ってマルチアンプにしていることなどが功を奏している。



Jensen C12R+Fountek NeoCD2.0(斜め45度試聴位置)

 こうした音の反応の俊敏な特性は、1940年代のPA機器の特徴でもある。Jensenの最初の目的は、スイング・ジャズが全盛だった時代に、ギターやボーカルを拡声するための補助機材としてであり、ビッグバンドの生音とガチンコ勝負していた。そこで出音が遅れることは、生楽器の音にマスキングされて埋もれることを意味し、出音のスピードがまず第一条件として設計されていた。古いローファイ機器であり、あざといほどに歪みも多い癖はあるが、アコースティックな楽器と同じようなポテンシャルが秘められている。

【レコードの味わいの累加】
 レコード文化という言葉が存在したように、アナログ盤の再生音には独特の味わいがある。ここではCDの音にエフェクターを用いた味付けを紹介する。いずれもエフェクター音を原音の30~40%くらい薄く混ぜるのが効果的。
 よくアナログ盤を好む人に、ノリの良さを挙げる人は少なくない。このノリの正体を考えてみると、どうもレコードの偏心からくるワウ感がスイングしたように感じるのだ。それも33回転、45回転、78回転とそれぞれ固有に存在する。ところが、CDをはじめデジタル録音には、音程の揺れは存在しない。このため、何を演奏してもカチンコチンに止まってるように聞こえるのだ。私の場合は、ヤマハのミキサーに付属しているデジタルエフェクターのうち、AUTO WAH(オート・ワウ)を薄く混ぜて、レコード特有のワウ感を累加している。エフェクターにスピード調整があるので、シングル盤だと45回転か78回転でセカセカと、LPだと33回転のようにゆったりとさせる。
 アナログ機器に特有の音の艶やかさについては、ライントランスの磁気ひずみと、スピーカーの分割振動で、もともと豊富にしているのだが、もう一押しのところを、やはりデジタルエフェクターのREV ROOM(ルーム・リバーブ)で補っている。これは部屋の竜鳴きという定在波のシミュレーションで、タイトなものとエコーの加わるものとの2種類があり、気分で変えている。タイトなほうは低音にエッジが足らないと思うときに使用し、エコーの掛かったものは高域に潤いが足らないときに使う。イコライザーで持ち上げるとノイズも一緒に大きくなるのに対し、ルーム・リバーブは竜鳴きの周波数を調整できるので、楽音と連動した上品な感じに仕上がる。


【実物大音像のモックアップ】
 良い音楽には、その人にしかない独自のパーソナリティがある。ときに個性とかタレントとも言われるが、誰にでもあるものという意味とは違う存在感だ。私は、ミュージシャンのパーソナリティと向き合うためにモノラルで試聴するようにしている。人間の発する音を、単なる自然・物理現象ではなく、一人称の人格として捉えたいのだ。そのためのモノラルという選択である。
 もうひとつはスピーカーの大きさで、人格を等身大で再生するために、人間の胴体と同じ大きさの30cmスピーカーを基礎においている。20cmのほうがボーカルに最もバランスが良いというが、私は30cm以上でないと胸声のスピード感が出ないと思っている。私のシステムは80Hz以下が全く出ない10cm並の周波数特性だが、小型スピーカーがエンクロージャーの共振を利用するため、タイミングが遅れて長びくのに対し、200Hz以上の中低域が高音と同じくらいにタイトでスピード感のある音で発音される。ウーハーの重低音とボーカル域のイントネーションの正確さは、バーダー取引で成り立っている。



 さて、1950年代のレイス・レコードがマイクの生音のように鳴り出したら、現在のアコースティック・サウンドに耳を傾けてみよう。ミュージシャンの生き様というものが伝わる音楽の素晴らしさが満喫できるだろう。

エリック・クラプトン
アンプラグド
イブラヒム・フェレール
ブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブ
ウラジミール・ヴィソーツキイ
大地の歌



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