20世紀的脱Hi-Fi音響論(第三夜)

 我がオーディオ装置はオーデイオ・マニアが自慢する優秀録音のためではありません(別に悪い録音のマニアではないが。。。)。オーディオ自体その時代の記憶を再生するための装置ということが言えます。「闘志を燃やすジャンル」はオーディオという枠には到底収まらない音源へのアプローチを集めたものです。以下、概略ながら追ってみました。


闘志を燃やすジャンル
【ロック・コンサート】 【ドイツ放送録音】 →さらに内なる闘志?へ
(前夜)モニターの方法
(第一夜)録音年代順のレビュー
(第二夜)ホーム・オーディオの夢
(第四夜)トーキー・サウンド
(第五夜)華麗なる古楽器の世界
(第六夜)70年代歌謡曲
(後夜)オーディオの夢の行く末
(延長戦)結婚とオーディオ
掲示板
。。。の前に断って置きたいのは
1)自称「音源マニア」である(ソース保有数はモノラル:ステレオ=1:1です)
2)業務用機材に目がない(自主録音も多少やらかします)
3)メインのスピーカーはシングルコーンが基本で4台を使い分けてます
4)なぜかJBL+AltecのPA用スピーカーをモノラルで組んで悦には入ってます。
5)映画、アニメも大好きである(70年代のテレビまんがに闘志を燃やしてます)
という特異な面を持ってますので、その辺は割り引いて閲覧してください。



闘志を燃やすジャンル


【ロック・コンサート】

 文化的背景
 ロックンロールに出会ったのは東京に引っ越して来たときのこと。FEMがラジオから流れ、水曜の夜にはウルフマン・ジャックを「うる星やつら」の見終わった後に聴き、土曜の部活が終わる頃には長いTop40の最終チャートが巡ってくる感じだった。1980年代初頭の中学生の頃の思い出です。当時のロックはジャーニーが最後の灯火を掲げてメガヒットを飛ばしていた。。。という感じで、当然、反ベトナム戦争の気運やヒッピーの存在など知るよしもなく、ただただ流れる音楽を歌詞も判らずに聴いていた。バブルもはじけ高度経済成長の神話も終わった今の時代にふたたびこの時代のライブ録音を聴いてみると、思ったより音が悪いと感じることもなく、かえってコンプレッサーの薄い生々しい音が聴けるのがいい。こういう取り留めのない個人の体験がロックを聴く態度であるという感じもする。


サイモン&ガーファンクル/NYライヴ1966 Colombia  アコギ1本でのデュオ・ライヴ
 Neumann社のU87を3本だけで収録した好録音
アル・クーパー/フィルモア・イーストの奇蹟1968 Colombia  なによりもM.ブルームフィールドの最高のブルース・ギター
 そしてジョニー・ウィンターの衝撃のデビュー
 エレキを使ったロック・ブルースの最高の演奏
ドアーズ/ハリウッド・ライブ1969 Warner  とかくスキャンダラスな話題の多いドアーズが
 地元のハリウッドで開いた自粛コンサート
 かえって音楽的な破綻のないのがオマケ
ザ・フー/リーズ大学ライブ1970 Polydor  4人の音とは思えないドライブ感が素晴らしい
 プログレ突入前夜のテクニックの充実が凄い
アース・ウィンド&ファイアー/灼熱の狂宴1974 Colombia  パーカッション群とリズム・セッションの完璧さ
 単なるダンス・グルーブを越えたライブ
フランク・ザッパ/NYライブ1976 FZ  ともかく多彩なメンバーを集めてのゴッタ煮ライブ
 当時からライブ音源にオーバー・ダブを加える
 実験的な要素を個人レーベルで行っていた
イーグルズ/再結成MTVライブ1994 Geffen  一世一代の名演技ともいえるライブ
 自然なエフェクターが効いて気持ちよく聴ける
ミーシャ/星空のライブ2003 Rhythmedia  アコースティック・バンドとのバラード・セッション
 Shure社のSM87で収録した昔風のライブ収録



再生機器


     Shure社のボーカル・マイクの特性


   左右上に富士通テンTD512
   中央下がJBL D130を入れたバスレフ箱
   小型ミキサーはBehringer社製(モノラル用)


       "Voice of the Theater"
              Vs
          ”Wall of Sound"
     室内にPA機器というのも悪くない



 この頃の録音のもっとも大きな出来事はShure社がボーカル・マイクのSM58を1966年にリリースしたことだった。それまでRCAやNeumannのフラットなマイクでの収録がほとんどだったボーカル録りの常識を打ち破るインパクトのあるマイクで、実はこれが巨大なPA装置の中でボーカルをクリアに響かせるスグレ者。このマイクの出現でSRの構造が変わったと言っても過言ではない。再生音がフラット志向に変わっていったということかと思う。このため巨大システムのなかで音響のバランスミキサーのコントロール抜きでは保持できない情況というのも生み出している。

 で実際のライブ録音の音質のほうだが。。。
1)帯域は狭めでエフェクターが薄く音が詰まって聞こえる
2)ドラムはコンプレッサーを付けないで収録し生々しい
3)ギター、キーボードは音量的に埋もれやすい
4)ボーカルはマイクの距離を動かして歌うので
 近接効果を伴って音質が絶えず変わる
。。。という具合だが、これでスタジオ録音のほうがベストの音響効果が得られるとはあきらめないでほしい。これもステージでの音響テクニックを混ぜ合わせていくとライブの情況が再現できる。

 これに相対するのは”Wall of Sound"で名を馳せたJBL D130である。2kHzを頂点にもつ山形の特性は、ライブ会場での音圧拡散による聴感補正を伴った結果であり、遠くから聴いてもバランスの崩れない隈取りのしっかりした音調である。古くはフェンダーのギターアンプにも使われた逸材で、確かにギターのクリーン・トーンに掛けてはヨダレの出そうな音である。38cmのカタブツなので高域は8kHzまでだが、ステージ用の隈取りのある音造りでボーカルもギターも浮き立たせてくれる。スタジオと違ってギターアンプにマイクを立てて拡声するライブ・ステージでは、普通のフラットなスピーカーではおとなし過ぎるきらいがあり、こうした演出もテクニックのうちなのである。フィックスド・エッジのコーン紙はキック・ドラムを乾いた弾む音で再生してくれるので、セッションのグルーブ感が崩れることもない。部屋が狭いので1本しか入れられないが、ステレオも小型ミキサーでチョチョイのチョイとモノラル編集してロックの音を浴びる。

 これに"Voice of the Theater"で名を馳せたAltec Lansing社のホーン・スピーカー802C+511Bを足して聞くと部屋はコンサート・ライブ。。。ということで気分は最高である。ミーシャなどはともするとアダルト・コンテンポラリーのように扱われるのだが、Lansing兄弟のコンビで聴くと、どこまでも前向きのソウルフルなパフォーマンスを展開する。D130の溌剌とした鳴り方と802Cの大人びたテイストが巧く組み合って、リズムはスタッと決まってボーカルは粘るという美味しいとこ取りのような感じもある。この組合せはジャズ・ファンからすれば禁じ手なのだそうですが、私はむしろ個性を補っているように感じます。いちよネットワークも合わせて製造年代が50年代という共通性は持たしてるのがマナーとして正解だったのか。

 もうひとつの飛び道具は富士通テンのTD512で、この宇宙船のような出で立ちがレトロ・フューチャーな雰囲気を奏でる。こちらは非常に小回りの利く鳴り方で、D130が直接音でがっぷり組むとすれば、ステージの空間まで見渡す感覚がある。低音は出ないかといえばむしろスネアとキックドラムのタイミングがピタッと決まるため、スタジオでもみくちゃにコンプレッサーを掛けて波形の潰れたキックドラムよりも、フェーダーである程度抑えたもののほうが音の飛び出しが激しくて良好。シングルコーンだが波形の制動がしっかりして、キーボードやギターの音量が小さくても沈むことがなく、ほのかに鳴っているのが判る。むしろ腕のいいバンドだとミキサーのフェードコントロールをしなくてもバランスはバッチリで、音量の調整もアンサンブルの流れで手際よく処理してしまう。本来のパフォーマンスが読みとれるのだ。

 ただし以下のイコライジングである程度調整してやる必要がある。D130と比べてみると、中高域のクセがほぼ似通っていることが判るように、伝統的なステージ・サウンドの模倣をしてやると、上記の問題性がたちまち解放されていく。

  ラウドネス曲線の110dB→80dB差分特性




 以上、ロックのライブ録音についてコメントしましたが、プロモーターの管理下におかれたスタジオでの収録と、ファンの大勢詰めかけたライブ会場では、ロック・バンドのテンションも自然と違うもので、そうした心理的情況に加えて本物のパフォーマンス・バンドのしたたかな駆け引きがステージ上で繰り広げられるさまは圧巻でさえある。スタジオが譜面どおりの仕上がりを目指すのに対し、ライブはその時代に活きる人たちの生を奏でているという感じ。その辺が本当に聴きたい部分である。


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【戦中・戦後ドイツ放送録音】

 文化的背景

Neumann Ela M301(1931)


AEG Magnetophon(1935)




 ここで扱うのは1930〜1960年代にモノラルで収録されたドイツでの放送録音ソースです。といっても当時の再生はAM放送です。ドイツでは1931年にノイマン社製のコンデンサーマイクでの広帯域の集音・拡声が可能となっており、1935年には磁気テープによる長時間収録が行われていました。こうした放送録音はS/N比こそ37dB程度と云われますが、当時としては非常に音が良かったらしく、生演奏の実況であると勘違いされるほどであったと言われます。

 当時は他のどこの国でもカーボンマイクによるアセテート盤へのダイレクト・カットがほとんどだったことを考えると、戦後のHi-Fi機器の基礎を作ったといって過言ではないと思われます。残されている英BBCや米NBCの音源と比べてもその差は歴然としています。一方で戦後になって英米のLPを初めとする再生フォーマットの拡販された後も、ドイツの放送録音は長らく同じ規格で収録が続けられたようです。

 記録として残ってるのはクラシックのものがほとんどですが、この頃の録音の特長として人々が戦後の霹靂としていた時代に、ほとんどの音楽家が使命感を帯びてヒューマニックな演奏をおこなっていたことに尽きるように思います。そして演奏会に行けない人々にラジオを通して音楽プログラムを提供していました。参考にあげた録音はドイツ以外の国のものも含まれていますが、戦中ドイツの占領地域における技術提携の広さを考慮してピックアップしています。

 戦中の録音について言うと、マスター・テープの高域劣化が激しく、テープ・イコライザーの位相歪みが目立ちますが、その片鱗は伺うことができます。アセテート盤はスクラッチ・ノイズが乗りますが概ね高域の劣化はなく、位相歪みも少ないのが特長です。アセテート盤でも音量が低いときに増幅した際にサーモノイズが乗るのはコンデンサー・マイクの収録だということの照査です。ライブ録音の場合、過入力時にマイク側での歪みが散見される場合もあります。


マーラー
 交響曲4番
Philips  メンゲルベルク&アムステルダム・コンセルトヘボウの1939年ライブ
 オランダ放送協会によるアセテート盤での録音
R.シュトラウス
 自作自演集
Preiser  1944年の80歳記念にウィーン・フィルとの録音
 オーストリア放送協会による磁気テープでの収録
レハール&タウバー
 フェアウェル・コンサート
KOCH  2人がチューリッヒで落ち合って行った1946年の放送ライブ
 ベロミュンスター・ラジオによるアセテート盤での録音
バッハ
 パルティータ集
Grammophon  ギーゼキングの地元で音楽教授をしてた頃の録音
 ザールラント放送局での1950年録音
ベートーヴェン
 交響曲7&8番
Grammophon  フルトヴェングラー&ベルリン・フィル 1953年ライブ
 音量をこまめにフェーダーで手動調整している
ハイドン
 弦楽四重奏曲集
Preiser  初期作品も含むウィーン・コンチェルトハウスSQの優美な演奏
 オーストリア放送協会による1950年代の録音
マウエスベルガー
 放送録音集
ebs  ドレスデン聖十字架合唱団の1951〜60年の録音
 ルネサンス宗教曲のほか20世紀ドイツの宗教曲も収録



 再生装置


ドイツ製ラジオの3D-klang方式
中央のメインに対し両横に小型スピーカー



マイクの近接効果を加味した聴感補正
ドイツのラジオ用スピーカーと似た特性



 ドイツの放送録音は一聴して判るカマボコ特性で、演奏の魅力と反比例して音の貧しさは否めないものです。当時のドイツ製ラジオは20cm程度のスピーカーが付いた幅60cm×高40cm程度の大型がほとんどで、受信の安定度と音の良さで海外でも人気の商品でした。Grundig社が1954年に開発した3D-klang方式は他者でも高級ラジオに用いられたもので、ドイツ製フルレンジでも10cm程度の小型のものはサイド・スピーカーとして使われていたものです。モノラル音源でステレオ同様の音の広がりを作る工夫がなされていたようです。一般にドイツ製のフルレンジは小さい音での明瞭度が高くバランスの良い鳴り方のすることで知られています。

 スピーカー・ユニットの特性は、無線と実験誌の2003/1月号に、日本の戦前・戦中のスピーカー開発の文献と一緒に戦前のテレフンケンとロレンツのユニットの特性が出ています。500Hzを中心とする山成りの特性に鋭い3kHzのピークをアクセントに加えた感じで、どうもこの特性は戦後も変わらずに引き継がれていったようです。手持ちのIsophonの楕円ユニットを裸で鳴らした感じだと、デッカ録音でシャリシャリの音に変貌しましたので、これもどうやら中高域にピークを持っているようです。

 とはいえ、中域のこんもりとした山成りの特性はコンデンサー・マイクでの収録による聴感補正のカーブに似ており、むしろ民生用のラジオではこのような補正を掛けてあったと考えられます。逆に中高域に関してはスピーカーに合わせて抑えて収録するパターンを持っていたようで、初期デッカのように中高域を強調した録音では逆鞘になったようです。あるいはテープ・イコライザーのターンオーバーの初期カーブの癖が中高域を落とし込ませているのかもしれません。

Neumann M147の特性


Sehnheiser MD441の特性


富士通テンのTD512で試聴
中低域の解像度がクリアで良好





 一方でドイツ製のマイクの特性をみますと、10kHz付近でこんもりと緩やかな山をもっているものが多いことが判ります。Neumann M147Sehnheiser MD441などがそうです。初期のノイマン社のマイクを使用した1940年代の録音を聴いても、驚くべきことに薄っすらと高域成分は伸びています。

 このような録音とスピーカーの癖を相互補完するという推察が可能なのは、ドイツでは戦時中に電子部品の規格化がかなり顕著に進められて、スピーカー製造もライバル会社で相互にOEMする情況が戦後も長く続いているためです。この絶妙な組合せが、通常のフラットなスピーカーではカマボコ型特性の録音に聞こえる特長ともいえそうです。世界的に量販されたグラモフォン・レーベルの音にはそういう癖は少ないため、放送録音というローカルなルール内で持続された品質管理であったと思われます。

 以上をまとめると
1)200〜500Hzの中域はスピーカー側で聴感補正のため
 膨らみをもたせている
2)3kHz付近の中高域にはスピーカーの鋭いピークがあり
 これを相互補完するため収録では落としている
3)10kHz付近の高域はスピーカーの能力を補うため
 マイク側で特性を上げてある

 これを本来ならドイツ製のラジオ用フルレンジでチューニングしたいところですが、普通のフラットなスピーカーで聴くならば以下の補正で改善されます。
周波数 ブースト&カット
<80Hz +0dB
200Hz +3dB
500Hz +0dB
4kHz +2dB
6kHz −2dB
>9kHz +2dB
 富士通テンのTD512で試聴した場合、ティタニア・パレストでのベルリン・フィルのように中低域を膨らますことで団子状になりやすいコントラバスとティンパニの躍動感がしっかりと制御されて別の魅力が加わります。当時の独墺系のオーケストラの低音楽器群は恐ろしいほど推進力を持っていますが、ただ膨らましてピラミッド型のバランスで聴きやすくなるという程度でお茶を濁してはすみません。朝比奈さんの大阪フィルでの指揮もこうした低音楽器群へのキューの出し方に特長のあるやり方で、古典音楽の魅力を下支えしていたように思います。逆に富士通テンのTD512の中高域でのキャラクターはおとなしいので少しブースト気味にすると結果が良好なようです。1944年録音のR.シュトラウスの「死と変容」を聴いても、高域が9kHz以上も大分伸びていて、大音量に達したときにムジークフェラインの残響のかえりが急激に増える傾向も判ります。こうした演奏の評価ができること自体が本来の目的だと思っています。

追記)当時のラジオによく使われた3D-klang方式ですが、一種のリバーブと同様の作用があるように思われます。実際デジタル・リバーブを掛けるとモノラルながら残響成分が綺麗にのって、かなり聴きやすい音になります。グラモフォンの最盛期にはEMT社のプレート・リバーブをよく使っていたので、疑似ホール・トーンを模してミキシングしてみるのもひとつの方法なのでしょう。


 以上、戦中・戦後のドイツ放送録音についてコメントしましたが、何かの参考になれば幸いです。私の推測では戦中に行われた規格化が戦後も温存されて、いわゆるローカル・ルールのまま記録されたと考えるべきかと思います。(もちろんこの時期の録音は世界的に録音規格が氾濫していたのですが。。。)これに反してアメリカで復刻販売されるドイツ放送音源では、中高域の聴感補正が掛けられているものが多く、補正に用いたイコライザーの質の悪さなども手伝って輪を掛けて癖のある音調になっていることがあります。一方、最近ではTahraのようにリマスターをしっかりするレーベルも増えているので、こっちのCDを基に本来の再生音のアプローチをするのも妥当かと思います。少なくともウィーン放送協会の音源を抱えているPreizerはそれを頑なに拒んでいるので、今の情報もまだまだ有益になると思われます。


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