20世紀的脱Hi-Fi音響論(第三夜)

 我がオーディオ装置はオーデイオ・マニアが自慢する優秀録音のためではありません(別に悪い録音のマニアではないが。。。)。オーディオ自体その時代の記憶を再生するための装置ということが言えます。「闘志を燃やすジャンル」はオーディオという枠には到底収まらない音源へのアプローチを集めたものです。以下、概略ながら追ってみました。


闘志を燃やすジャンル
【懐かしのテレビまんが】 【ビートルズ】 →更なる?闘志へ
(前夜)モニターの方法
(第一夜)録音年代順のレビュー
(第二夜)ホーム・オーディオの夢
(第四夜)トーキー・サウンド
(第五夜)華麗なる古楽器の世界
(第六夜)70年代歌謡曲
(後夜)オーディオの夢の行く末
(延長戦)結婚とオーディオ
掲示板
。。。の前に断って置きたいのは
1)自称「音源マニア」である(ソース保有数はモノラル:ステレオ=1:1です)
2)業務用機材に目がない(自主録音も多少やらかします)
3)メインのスピーカーはシングルコーンが基本で4台を使い分けてます
4)なぜかJBL+AltecのPA用スピーカーをモノラルで組んで悦には入ってます。
5)映画、アニメも大好きである(70年代のテレビまんがに闘志を燃やしてます)
という特異な面を持ってますので、その辺は割り引いて閲覧してください。



闘志を燃やすジャンル


【懐かしのテレビまんが】


 文化的背景
 「テレビまんが」という名称は70年代までのものです。人によっては最初のアニメ・ブームを生み出した「宇宙戦艦ヤマト」までという厳密なものから、ビデオカセットでOVAが発売された1980年初頭を区切りにする場合もあります。私個人はビデオ・レコーダーが家電として定着して放送ソースの個人所有が可能になった頃がひとつのエポックだと思っています。その後はテレビ・アニメ、ジャパニメーションと作品の質と共に呼び名が変わっていきます。いまでこそ日本のアニメは世界的に注目されていますが、70年代までは純然たる子供の見せ物でした。60年代の安保世代をくぐり抜けてきた大人のテイストが加わった作品も放映されましたが、基本的には親の監視のもとに楽しむのが通例。我家でも永井剛作品は親の評価が180度変わる代表的なものでした。

 そんななかで放送用テープ(今では完パケという)の品質も少しづつ移り変わっていきます。最初は光学録音帯をフィルムと同期させて放送するものでした。テープのすだれ模様も懐かしいですが、ガサガサしたノイズが乗るのが特長です。60年代後半からは磁気音声トラックを持ったシネ・テープが使われ始めます。しかしそれでもモノラル音声で製作された時期は長く、80年代も末に近づいてようやくステレオ音声で楽しめるようになります。ここでは音響再生的にクリティカルなモノラル収録の作品を扱うようにします。

 私の好みがかなり隔たっているので参考になるかどうか判りませんが、CATVでの再放送を含めて以下の作品を観てます。コメディとアクションに好みが集中してるようで、スポ根、戦闘ロボ、魔女っ子がスッポリ抜け落ちてます。私の分析(??)では、ドラえもんは魔女っ子の分身、ピカチュウは戦闘ロボの変化球と思ってますので、その辺でどこか引っ掛かるところがあるのかもしれません。
おそ松くん (1966〜67) 毎日放送  赤塚作品で最初に放映されたモノクロ作品
 光学録音帯を使用している イヤミの「シェー!」は大流行
 当時は「日本語をダメにする」とPTAから抗議を受けた
妖怪人間ベム (1968〜69) 第一動画  黄金バットに続くオリジナル脚本によるホラー・アニメの名作
 放送当時は視聴率40%という大ヒットであった
 ジャズ・テイストの劇伴が厚い音で展開する
ルパン三世 (1972〜73) 東京ムービー  ハード・ボイルドとアメリカン・ジョークで湧かせる名作
 チャーリー・コーセイのセンス溢れるBGMが最高で
 物言わずに背負う大人の苦悩をさりげなく演出する
あらいぐまラスカル (1977) 日本アニメーション  1年1作と地道に造り続けた世界名作劇場中期の名作
 派手な劇伴を避けてセリフを中心とした展開がとても良い
 劇団関係の子役を配した声優陣も奥の深い味わいがある
ヤッターマン (1977〜79) タツノコプロ  タツノコ作品の新機軸を打ち出したギャグ・アクションの名作
 ドロンジョ、トンズラー、ボヤッキーの三人組が主役?
 と思わせるナンセンスな成り行きまかせぶりが素晴らしい
スペースコブラ (1982〜83) 東京ムービー新社  寺沢武一作品のアニメ化 モノラル音声での収録
 羽賀健のセンスある劇伴と多様なアレンジが楽しめる一方
 この頃のアニメにしては演奏陣が豪華で華を添える 


 再生機器


   左右上に富士通テンTD512
   中央はSONY製の15インチ液晶テレビ
   テレビ前にMicroSolusion社Type-S
   中央下がJBL D130を入れたバスレフ箱
   左下がパイオニアPE-16Mを入れたバスレフ箱
   小型ミキサーはBehringer製(モノラル合成用)



 アニメは基本的に子供向けに作られているので、セリフは短く、身振りは大袈裟、音効は派手に、という三拍子が上手く揃わないと面白くありません。逆にいえば、短いセリフに込められた感情がはっきりと判り、音効から物語の情況が直感的に読みとれる明晰さがシステムに必要とされる訳です。このように音響的に多様なアプローチのあるテレビまんがは、対策がよく判らなければ小型テレビで観るのが一番良いと言われます。それもビデオなんかではなく、ちゃんと放送時間を守って見るのが礼儀だそうで。それももっともなのだがそれでは音源マニアの名が廃る(そんなことで意地張って。。。困る?)し、今どきのテレビのスピーカーはあまり音が感心しない。かといってモノラル音源を立派なステレオ装置でがんばって鳴らしても意外に詰まらない音で鳴ることが多いです。テレビ音声はFM放送と同じでスペック上は15kHzまでありますが、実際には10kHzまでも入ってない音源も少なくありません。かといってテレビまんがの製作を手掛けたテレビのキー局はTADとかキノシタモニターが壁一面に設置されている面もあり、ここら辺のギャップがあまりに広いようにも思います。

 今でこそAV機器は花盛りだが、最初はブラウン管テレビの脇にスピーカーを置いただけのものでした。とはいえ一般家庭の部屋の広さは変わってないので、それほど大きく環境が変わったわけでもないですが。。。最近は5.1chのサラウンド・スピーカーをレイアウトするのが前提のため、テレビも画面が大きくレイアウトされたモニター調のものが増えてきてると思います。ただ画面の大きさですが、テレビまんがは元が16mmフィルムなので、大型プロジェクターでは画面の揺れたり色ムラの目立つものもあります。デジタル・フォーマットになった最近のアニメは大きく映写しても画像が崩れませんし、劇場版のアニメなどでは小さいモニターだと細かい描写や字幕が読みとれない場合がありますが、テレビまんがに関してはそういうことはないので(こどもキャラは3等身ですし。。。)、スケールはやはり21インチ程度までが適当なように思います。それもワイドでなく4:3のモノ。

 ということで、テレビまんがを観るためのいくつかのアプローチを紹介します。





1)今どきのAV機器風でアプローチ
 本格的なAV機器はパイオニアのLD発売以降になるが、LD最盛期に流行った3wayスピーカーは画面にピンポイントに定位することがないため、お化けのような口が蠢くようになり、ブラウン管ではどこか違和感が付きまとうのが通例。最近は明確な定位感をもたせるために縦方向にスピーカーを多数配置したライン・アレイ方式か、疑似同軸のバーチカル・アレイ方式が使われます。もっとも大型のプロジェクターを使ってれば、大型のスピーカーでも問題はないかもしれません。

 逆にテレビまんがのような放送録音はナローレンジな帯域に音が鮨詰め状態になるので、無闇にワイドレンジで過敏な特性のスピーカーだとノイズや歪みが目立って興醒めします。私は富士通テンのTD512を使ってますが、TD512は定位がピンポイントなのと、パルス性ノイズが尾を引かずに音声を浮き上がらせる過度特性の良さがありますので、意外に古い音声でもバランス良く再生できるようです。収録年代によってイコライザーで以下のように調整するとそれなりに聴けるようになります。

”ルパン三世”までならこの特性
500Hzを下げて9kHzも下げる

”コブラ”までくるとこの特性
4kHzを下げて9kHzを上げる


2)懐かしいラジオ風にアプローチ
 そこで周波数レンジの狭い昔風のスピーカーを捜すことになります。昔のテレビ用スピーカーは大きいサイズで楕円型の20cmくらいが通例ですので、放送用モニターに使われたパイオニアPE-16Mやパソコン用モニターのMicroSolusion社Type-Sで試してみました。いずれも結果は昔のテレビ放送の印象そのままで、かつ案外素っ気ない音だということも判ります。ただ子供の頃は感受性が高くて見聞きした全てに感動するものですが、物事を斜めからみる癖のついた世間擦れした大人はそういうわけにいかないようです。いわゆる原体験がそのまま全てを優先するわけでもないというのがテレビまんがの難しいところです。
 以上は60〜70年代のアニメについてですが、逆に80年代のアニメによく使われたデジタル・シンセの音では、8bitで造られ最終的にはアナログ・テープに収められた結果、今聴くといかにもレンジが狭く古臭い音がします。ところがこの手のシンセ音はPE-16Mなどの放送用音声モニターとの相性が良いことが判り少し見直しました。OVA創生期やジャパニメーションに興味のある人はおひとつ如何でしょうか。

こういうので鉄腕アトムやウルトラQとか。。。
一度はやってみたいですな。

3)豪勢に東映まんが祭風にアプローチ
 そこで開き直って大きめのワイドレンジ・ユニットで豪快に鳴らしてみました。38cm径のJBL D130を使って聴きますと中音のメリハリがしっかりしてセリフが綺麗に浮び上がります。もともとD130は映画音声にも強い相性を示すユニットですが、今までの手のひらに乗ったマスコットのような存在が実物大のキャラクターに感じて目の覚める感じがします。特に世界名作劇場のセリフ中心の展開はまったく物語のなかに吸い込まれていくようで完全にハマってしまいます。実はアニメの場合は通常のテレビ放送と違いテレビ・カメラというものを使えないために、ビデオ・テープではなくシネ・テープで保管されたフィルムを使ってリマスターされています。実は映像、音声ともにフォーマット自体が映画産業の技術と深く関わっていると考えられるわけです。
 これにAltecの劇場用ホーンを加えて聴くとさらに磨きがかかってきます。光学録音フィルムで収録された初代「おそ松くん」も下ろしたてのパリッとした音で聴けます。「ルパン三世 first」なども収録機材のデバイスが真空管からトランジスタに移り変わった時期に収録され、普通に聴くと痩せた音でせっかくのチャーリィ・コーセィさんの名アドリブ演奏も霞んでしまうのですが、D130+802Cで聴くと驚くほど張りのある音で甦ります。ちょっと大袈裟ではありますが、こういう道楽もゆるされていいのでしょう。。。か? 私はオススメだと思ってます。ちなみにゴジラ対モスラはまだ試していません。




セリフの帯域にエネルギーを持たせた
D130の周波数特性

D130はセリフが本当に巧い!!


Altec 802C+511Bを手に入れ
益々調子付いてる


 以上、テレビまんがの音響再生についてコメントしましたが、参考になる部分があれば幸いです。ちなみに映像モニターはSONY製の15インチ液晶テレビなので、D130の15インチと比べるとバランスが悪そうですが、思ったほど違和感はありません。ほんのり暗いところで観るとテープノイズから立ちのぼるセリフのひとつひとつの彫りが深く、自然に物語のなかに入っていけます。大袈裟な5.1chなどなくてもテレビ台と思って置いておけばこれで十分楽しめるわけで、部屋に余裕があればぜひ試してみてください。もちろん本職の映画音声も優れた再生ができますし、最近のアニメでもギャグ系の「ハレのちグゥ」のような隈取りの良い音声ははかまわずモノラル合成して楽しめます。

追記)
 ところで最近驚いたことに気が付きました。TD512にスーパーツーターを追加したら、これまでマスターテープ(シネテープの磁性帯トラック)の劣化で埋もれて再生不可能と諦めていた空間エフェクターの音がみるみる甦ってきたではありませんか!!久しぶりにCATVで観た「赤毛のアン」のエンディングなど、帯域は狭いながら夢見がちな感じが巧く表現されてて、小学生の頃リアルタイムで見てた当時の印象が再現できました。単に歳を取っただけではなかったようで少し安心するとともに、30年近く前の音の記憶というものが本当に正しいのか? という疑問も多少持っています。

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【ビートルズ】

 文化的背景
 Beatles…そうビートルズである。しかし私はその方面のコレクターではない。というより60年代のポップス・シーン全般に妙なトラウマを抱えている。単純にメソメソクヨクヨして言ってることがよく判らないのである。その元凶がビートルズらしいのだ。60年代最大の売れっ子グループで、レコードをはじめラジオ、テレビ、映画、新聞のどのジャンルでも彼らの話題で持ちきりだった。最近になって当時のメディアの断片が発掘されて情況が再現できるようになったが、それまでは残された13枚のアルバムを巡るレコードだけが友達のいわゆるビーマニの独断場。オリジナル・プレスの英国製レコードを現地の10倍の高値で買い漁り、東芝EMIをナジって米キャピトル盤を持ち上げればもう一人前。レコードのブックレットには幼稚な感想文を綴って、何でもビートルズが最高でパイオニアでなければ気が済まない解説があたかも当たり前のように闊歩する。そう、彼らのほとんどは1973年に出されたベスト盤「赤盤」「青盤」の申し子なのだ。生きて活動していた頃のビートルズを知らずに残像だけを追い求めている「伝説のファン」ともいえる。

 活動当時のビートルズはほとんど全てのメディアで扱っていた。このことは当時流れた全てのメディアの業界の仕組みや流通経路の違いと関係なく、共通して彼らの記録が残っているということである。以下にそれを箇条書きしてみた。
レコード LPはステレオ、EP&シングルはモノラルという売られ方は当たり前。なのでオリジナルは複数存在する。
再生方法もラジオ電蓄から立派なスタジオ機材まで種々雑多。
最近ブートレクで本来破棄される別テイクなども発掘され録音過程を探索できる。
ラジオ 音質は悪いながらBBCをはじめアメリカ、フランス、ドイツのラジオ局と世界中に音源が残っている。
初期〜中期のレコードと生演奏との違いや彼らが好んで演奏したカバー曲など盛り沢山。
お茶目で品の良いエンターティナーとしての素質はこちらのほうが実体に迫りやすい。
映画 名作は無いが一通りは閲覧できる。イエロー・サブマリンのようなサイケ・アニメも存在する。
テレビ エド・サリバン・ショーやBBCへの出演など。ラジオに比べ数は少ない。
ともかく当時のテレビでの視聴率は非常に高かったようだ。
文献 インタビューや回想録など。評論関係は数こそあれ歴史的に役に立つ物は少ない。

 ここで問題なのが数々の伝説を打ち立てた当時のファンの嗜好と日本におけるビートルズ体験は極めて隔たっていることだ。まず旧来のコレクターの興味はレコード周辺の「事件」で停滞していて、ラジオ番組でのハツラツとしたジョークやアイドル振りをサービスした映画にはほとんど興味を示さない。映画など他のロック・バンドでは絶対あり得ない超お宝映像なのに。BBC音源のブックレットでは当時を知る人が歴史的背景も含めて客観的に解説し、仰々しい誉め言葉を並べずに自然に良さを伝えている。デッカとBBCのオーディション方針の違いとか、カントリー・ウェスタンな味わいがあるとか、ビートルズがいかに本場アメリカのロックやR&Bを紹介する立場にあったかとか。そうした様々な要因が重なって、まだロック全般に保守的だったイギリスの家庭にビートルズが紹介され受け入れられていったことを。一方でアメリカでは演奏に支障が出るほどの絶叫で包まれる様子が生々しく記録される。イギリスで大らかに演奏していたカバーの焼き直しは無し。ジョークも当然通じないし無神論者扱いもされる。イギリスで暖かく迎えられた演奏そのものの娯楽性よりも、ビートルズのオリジナル曲が好まれた。こうした評価の延長線に日本での一般論は立っているようにみえるし、セールスマン・トークのような評論も後を絶たないわけである。
 そういう情況なので、ここで書く事柄はビートルズをメロメロに賛美するのが目的ではなく、ビートルズの時代の方法に添ったメディア遺産の扱いを通じて、同じ時代の共通の遺産をより良く活用しようというのが目的である。これで何が便利かというと、ビートルズのために高価なリマスター機材が投入され、その後に他が誘発されて優れた音源が発掘される。ビートルズが歩けば桶屋が儲かる。これが天下の図式である。これに乗らない手はない。



 再生方法
 とりあえず60年代に使われた機材を総ナメすると。。。
ラジオ 家庭に真っ先に飛び込んできたビートルズは家庭用据え置きラジオから
6BQ5シングル動作の20cmフルレンジというのが相場
コンソール 50年代にイギリスで多く売られた大型の電蓄ラジオ
これに合わせシングル盤は60年代にもSP盤(78回転)でも売られる
ジュークボックス アメリカではこちらのほうがメジャー
30cmシングルに6L6Gプッシュという簡易PA並みのパワーをもつ
Hi-Fiステレオ ステレオ再生の要だが当時のイギリスではまだ高値の華
逆にアメリカでは疑似ステレオで販売されたりもした
スタジオ機器 初期のモニターは明らかにBBC仕様の38cmモノラル
ステレオ期のものはEMIの楕円フルレンジなど
後期の機材は伝説的にプレミアの付くものが多い
PA装置 アメリカではAltec、JBLなどが活躍
実際には1966年以降はライブ活動を停止しているため
中期までの録音でセッション・バンドの片鱗がうかがえる



 こういう具合にあまりにも多用なメディアで扱われたビートルズだが、問題別に扱うと以下のようになる。如何にバラエティーに富んでいたかに驚くと同時に、よりコアなジャンルへと高飛びするもヨシ。おいしいところだけ戴こう。
  1. BBCとモッズに養われたブリティッシュ・ロック
  2. デッカ・トーンとアメリカン・ポップスとの相関性
  3. ビートルズとイギリス軽音楽との相関性
  4. Duoステレオ録音とジュークボックス
  5. マルチトラック事始


a)BBCとモッズに養われたブリティッシュ・ロック
   
   BBC御用達のColes 4038と周波数特性



   
      Cossor社 Melody Maker 524
     50年代イギリスで流行ったホワイト色


 60年代初頭のイギリスでのラジオ放送はBBCの独占状態だった。いわば海賊ラジオといわれるロック専門局などの音を現在は確かめられないが、アメリカのように市販のレコードを掛けていたものと思う。これがBBCで行われなかったのは、音楽家組合との紳士協定でレコード演奏の許可が下りない事情があった。なのでBBCセッションでは様々なカバー曲が演奏されたし、収録もBBCの流儀で生演奏をオフマイクで収録し音響バランスがとてもナチュラルである。当時のBBCは世界でも有数のフラット志向の強いトーンで管理されていて、実際にエアチェックと判る音源以外のオリジナル・テープの音は、今の機材で聴いても全く素直に録れている。このためBBC音源は当時のラジオ用スピーカーで聴いても過不足なく鳴るし、もちろんBBC伝統のモニター・スピーカーでも良い結果が出る。足りないとすればボーカルに乗る中高域のプレゼンスで、これは最近の録音には当たり前のように付いてくるので素っ気ない印象があるかもしれない。こうしてみるとBBC音源とEMI音源とのトーンの差は歴然としている。アメリカの録音ほどでないにしろ当時のEMIの録音は化粧が濃いのである。

 一方で50年代イギリスは家電ラッシュのような色合いがあり、ポップで斬新なデザインの物も少なくない。こうした文化に彩られた家庭に現われたビートルズは、当時まだアングラの一部だったロックを瞬く間にお茶の間のステイタスに導いた。もちろん目つきの鋭いモッズたち(これもどうやらブッラク・コンテンポラリーに対する当時のイギリスでのネガティブ・キャンペーンのようだ)に囲まれなくとも家庭でロックが聴けるという、BBCの免罪符も大きく後押しした。ビートルズが公の放送でアメリカのロックと自身のエンターティナーを発揮して広めたものは、直ぐに他のグループ・バンド発掘のバラエティーとなり、またそれに応える優秀なミュージシャンが大勢続いた。ビートルズとはそうした時代の象徴なのだ。
 BBC音源は録音状態が60年代を通じて安定していて、しかも録音上のエフェクターは極小に抑えての録音。ミュージシャンの実力がもろに出るシリーズでもあった。他の出演ミュージシャンを聴き逃す手はない。



b)デッカ・トーンとアメリカン・ポップスとの相関性

  ラウドネス曲線の110dB→80dB差分特性
   50年代アメリカのシステムに多いトーン


    
      PA用スピーカーのエッセンス
      JBLワイドレンジ+Altecホーン




 ビートルズ自身も影響を受けたとはばからないチャック・ベリーやエルヴィス・プレスリーなどのカバー曲を多く演奏していた初期は、デッカのようにいかにもR&B路線まっしぐらという乾いた音ではないにしろ、初期のEMIの録音でもやはりその傾向は隠せない。ビートルズは今でこそEMIの看板スターだが、デビュー当時は格下のパーロフォン・レーベルでスタートした。そして録音技師のジョージ・マーチンもEMIのチーフ・エンジニアからは外れていた山師のような肌合いを持った人で、ビートルズ以前はピーター・ユスティノフやピーター・セラーズのような性格俳優の吹込みを担当していた。こうしてビートルズは従来のEMI流儀の枠からはみ出たところで録音され売り出されたのだ。中期までの音造りは実は50年代アメリカでの伝統的なPA装置で音響的にデフォルメされてはじめて自然な音響バランスで真価を発揮する。ところが当時のイギリスでは、そういう音響特性をもったスタジオモニターはなかったはずで、多分アメリカから輸入したレコードからそのまま聞き取りして音決めしたのではないかとも考えられる。この辺の違いは本家のBBCのように生演奏のバランスをオフマイクで収録した音と比べるとよりハッキリする。ようするに自然な音響バランスを狂わして聴くのがロックらしいサウンドという曲解の典型である。

 これをBBC流儀のフラットな特性のスピーカーで聴くと、2kHz付近のプレゼンスの無さとは裏腹に4kHzをブーストしてあるので、全体に潤いのない薄っぺらい音質になる。これは50〜60年代のR&Bやロックの録音に共通する傾向で、劣悪な音と勘違いされやすいように思う。一部のコレクターの間で騒がれているデッカ・トーン(ffrr)にも似た傾向でもあることにも留意したい。これでは通常のHi-Fi再生の基本であるフラットな特性では歯が立たない。一般にビートルズの再生に高価な機器が合わないとされる由縁である。


   アビーロードStudio2のミキシング・ルーム:Altec社のモニター銀箱がみえる

 しかしBBC流儀のモニターではなく、アメリカのPA機器で鳴らすと自然なバランスとダイナミックスが甦る。この辺のフェイクが読みとれないと、ビートルズだけが他から浮いた60年代ロック史が捏造されることになる。実はこれが後期録音で生み出された誤解だったわけだ。ほとんどの人はビートルズらしさを解散直前の録音のイメージで追っているが、前中期のロック調の録音では間違いだと思う。たしかに後期のビートルズは他のロック・シーンから浮いているが、前中期はまだ周辺と汗まみれにせめぎ合いながら、ブルース・カントリー調をまねた洗練されたロック・サウンドを目指していた。そういう覇気を聴き取るのが礼儀である。

 逆にアメリカ録音との比較では、コロンビアに比べ潤いがあり、キャピトルやRCAに比べて艶がなく、米デッカに比べ高音の輝きがない…といえば、特徴のない音のように思われるが、基本はロカビリーの録音と変わりない。BBCのマイク特性はロカビリー時代に多用されたRCAの44Bとほとんど変わらず、そういう意味では放送録音は高域のドンシャリ傾向がないだけでプレゼンス不足はそのままではないかと思う。これはロックのライブ録音全般にも言えることで、同様のプレゼンスをスピーカーにもたせたアメリカ製のワイドレンジ・ユニットで聴くと途端に生き生きしてくる。



c)ビートルズとイギリス軽音楽との相関性

  
 ビクトリア王朝時代のバラッド売り
 こどもたちは最新の歌を街頭に立って
 ソラでお披露目するのが自慢


 ビートルズの曲を特徴付けているもうひとつの要素は、イギリスのトラッド(民謡)にも似たバラードである。日本ではこの手の曲が異常に人気が高く、イエスタディ、ヘイ・ジュード、レット・イット・ビーは三種の神器である。ポールが欧米でのジョンの人気を覆すマジックがココにある。これはロカビリー系の音質とは一転してHMV伝統の柔らかく暖かい音で収録され、ビートルズ・サウンドを長く誤解させてきた。いわゆるロックのサウンドもビートルズが英国風にリニューアルしたという誤解である。これは後期のサウンドには当てはまるが前中期には当てはまらない。彼らはロックとなると真っ正面からテクニックで克服しようとした面があった。
 イギリスのポピュラー・ミュージックの伝統はシェイクスピアの時代からあり、歌を物語風に進行させるバラッド売りは19世紀ロンドンでの風物詩だった。これが後にはミュージック・ホールで演じられるサヴォイ・オペラのような庶民の観劇へと発展する。ビートルズもTVコミック・ショーの出演でこの手の一芸を楽しげに披露している(イエロー・サブマリンはその一面)。戦前にはオーケストラをバックに軽音楽を歌う歌手が大勢いたし、Billy Cottonのような軽音楽界(British Light Music)の名物男もラジオで良く流れていた。ビートルズは、コミカルでどこかノスタルジックなイギリス家庭の好みに合わせた流儀を”ロック・バンドにしては珍しく”しかも最上のエッセンスで出したわけで、けっしてパイオニアとしてジャンルを切り開いたわけではない。
 再生機器はタンノイでもKEFでもクラシックに向いたものであればほとんど問題ない。2kHzに艶やかなプレゼンスをたっぷり含みながらナチュラルに鳴らすのが基本。



d)Duoステレオ録音とジュークボックス

   
  60年代のジュークボックス(AMI製)


   

  50年代イギリスで売られたラジオ・コンソール
  ジュークボックス並みに大型のものがあった




 ビートルズを問わず60年代ポップスのステレオ録音に付き物なのがDuoステレオといわれるミキシングである。いわば音声が左右にバッサリ分離して中央で定位する音が全くない。聴いていてとても気持ち悪いものである。他にも初期録音のマスターはモノラルなのにアメリカでは疑似ステレオで売られたり、逆にイギリスのEPではステレオ録音がモノラル仕様で売られることもあった。辛うじてシングル盤だけがアメリカのR&B録音がモノラルで売られることも幸いして足並みが揃うこともある。もっとも変なのはSP盤(78回転)が60年代半ばまで売られていたことで、イギリスでのホーム・オーディオの事情を考慮したことが判る。こうしてひとくちにレコードといってもあらゆる購買層に向けてセールスされたわけで、これがマスター・テープの仕様統一を完全に乱したわけである。こうした背景をよそに一部のマニアの間では英国プレスのモノラル盤がオリジナルという扱いを受けていて、さらにリール・トゥ・リールというマスター・テープのコピーも売られているのが市場の現状である。
 当時を懐古すると45/45方式のステレオ盤はモノラルとの上位互換フォーマットであり、モノラル・カートリッジで聴いても片方の音が無くなるようなこともなくほとんど差し支えない。またステレオ・カートリッジといってもダイナミック型のものはまだ高値の華、一般の家庭で使われていたのはセラミック・カートリッジである。もちろんチャンネル・セパレーションなどという用語を購買層が知る由もなく、一般に20dBあるダイナミック型より遙かに低いのだから、Duoのように分離してなければモノラルとの識別などできなかったかもしれない。またジュークボックスにしてもステレオとは名ばかりの前面にスピーカーが並んだもの。そもそもPAの世界ではステレオはナンセンスである。
 こうした事情から前中期の録音では、今のように2つのスピーカーの前で行儀良く聴くという習慣はナンセンスで、モノラルにミックスして聴くか、スピーカーを中央に寄せるなどの鳴らし方が妥当だということが判る。私はDJミキサーでモノミックスの状態を可変できる状態にしている。モノラルとステレオという差別感はもともとない。



e)マルチトラック事始

  
   スペース・エイジの申し子 TD512
   もちろんイギリスでも大人気である




 サイケデリック・ムーブメントがヒッピーたちと一緒にイギリスに上陸したとき、ビートルズはこれまでの殻を脱ぎ捨て、増殖したモッズたちへの復讐劇を始めた。それがかの有名なパーティーの招待状である。もっともその共通の教祖たるビートニクス詩人の存在など彼らは無関心であった。パーティーの厨房には、NEVEのコンソール・ミキサー、Fairchildの真空管コンプレッサー、STUDERのマルチトラックなど、伝説化した録音機材の数々が並べられた。それまで多くのミュージシャンが自らの等身大のイメージを録音に託すことが基本だったのに対し、既にコンサート脱退を宣言してたビートルズは架空の「ビートルズ」を主賓に招いた。
 ”はじめてのコンセプト・アルバム”はザッパ先生(仏IRCAMにも招待されたプログレ界のパイオニア)に散々にこき下ろされ、”はじめてのビデオ・クリップ”はテーマがないゆえ世間から見放された。テープ音を過度にイコライジングしてダビング編集する技術は、マルチトラックが開発される遙か以前の1950年にピエール・アンリがミュジック・コンクレートとして世に発表している。ホーンの多用は古くからあるイギリス流軽音楽へのノスタルジーである。テクニックだけで語るとあまりにもお粗末である。実際、本人たちも1年で飽きた。

 この頃にはポップスの世界でシンセサイザーが標準化してテクノミュージックへと昇華し、ステレオ空間にスペース・エイジへの共感が表われるようになる。自由を得るには世界など狭い、宇宙でなければという時代である。サイケはより霊感に訴えるゴシック・ホラーへと深化し、怪物の登場しない多くの名作ホラー映画を生み出した。もちろんビートルズとは全く関係ない。
 70年代に入るとやんちゃな連中はパンクに走りモッズの時代は終わる。この頃にはとうにビートルズは懐古主義と分離主義の両天秤に揺れることになる。この斜陽のノスタルジーに満ちたバンド活動に胸を焼かれているのが、日本のビートルズ・マニアである。

 最後の支柱が折れたあとは、天秤に乗っていた噂だけが祭壇に積まれるのみになった。その最初の供物が「赤盤」「青盤」である。実体のない録音だけで存在するビートルズ。オリジナル英国盤が聖典化したビートルズ。これらは間違ったビートルズ像である。60年代を清潔に生きようなんて70年代の発想にはキッパリとさよならを告げよう!!ビバ、汗臭い60年代!!カモン、ひげもじゃのロックンロール!!






 1960年代を懐古する録音たち。ビートルズが儲かれば桶屋が儲かる。良いマスターとコアなラインナップが勢揃い。
a)デビュー前後 : 戦後の暗い雰囲気から脱皮する時代の夜明けの記憶
ビートルズ/Live at the BBC BBC  デビュー前半を飾る1962〜65年のセッション
 R&Bのカバー曲も沢山演奏している
ビートルズ/Anthology 1 Apple  デビュー前からの発掘音源も含めたアンソロジー
 世界中の放送局の録音が聴ける
the Beat Generation RINO  ビートニクス文化を音で綴る企画盤
 詩をジャズとブルースのビートで刻む煙たい世界
ビリー・コットン/ベスト盤 Spectrum  イギリスのライト・ミュージックの名物男
 50年代BBCの日曜娯楽の立て役者だった
アラン・フリード/ロックン・ロール・パーティー Go Cat Go  50年代の名DJアラン・フリードが送るラジオ・ショウ
 公開ライブということもあって観衆の熱狂ぶりも半端じゃない
b)アメリカの才能 : R&Bは様々な方向性を持っていて多くの個性が開花してる
ボブ・ディラン/Live 1966 Sony  ボブ・ディランの英ロイヤル・アルバート・ホールでのライブ
 アコスティックとエレクトリックの対比のなかでロックの歴史を演じ
 観衆と慣習に挑むものすごい記録である
サイモン&ガーファンクル/NYライヴ1966 Colombia  フォーク・ブルースの路線を素直に歩んだ名コンビの
 アコギ1本でのデュオ・ライヴ
 Neumann社のU87を3本だけで収録した好録音
ジェームズ・ブラウン/I got you Polydor  R&Bをファンク路線に替えた革命児の1966年
 熱いシャウトから汗が吹き飛んできそうな荒さも魅力
アル・クーパー/フィルモア・イーストの奇蹟1968 Colombia  なによりもM.ブルームフィールドの最高のブルース・ギター
 そしてジョニー・ウィンターの衝撃のデビュー
 エレキを使ったロック・ブルースの最高の演奏
ドアーズ/ハリウッド・ライブ1969 Warner  とかくスキャンダラスな話題の多いドアーズが
 地元のハリウッドで開いた自粛コンサート
 かえって音楽的な破綻のないのがオマケ
フランク・ザッパ/Burnt Weeny Sandwich FZ  プログレ界の奇才ザッパの60年末期のアルバム
 自由練達な発想をオーバーダブで更に奇抜に仕上げてる
 彼の場合はメンバーに演奏を全て手打ちで収録させる
 その凄まじい職人主義はライブで実証できる
c)イギリスの才能 : 腕も才能もあるバンドが怒濤のように押し寄せる
マンフレッド・マン/マンネリズム fontana  竹の子のように生えてきたグループバンドのうちでも
 ジャズを取り入れられる腕の確かさをもつ
 ここでも技量の広さとキャッチーなセンスが光る
クリーム/BBC Sessons BBC  クリームが1966〜68年に出演した記録
 ビートルズと入れ替わるように録音されているが
 ハードロックの夜明けを告げるコンセプトが鮨詰め
ザ・フー/リーズ大学ライブ1970 Polydor  4人の音とは思えないドライブ感が素晴らしい
 プログレ突入前夜のテクニックの充実が凄い

 以上、ビートルズ・ファンにとってはほとんど役に立たない、60年代ポップスの好きな人には少し役立つエトセトラを綴ってみました。これでトラウマは消えたでしょうか? いえいえ、あなたもわたしも一生トラウマを抱えて購入し続けるのです。



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